NHKスペシャル/高速ツアーバス 格安競争の裏で

なにげで見始めた、NHKスペシャルは、高速ツアーバス会社とその下請けの実態を取材したドキュメンタリー。


高速バス業界では、ツアーバスの形をとっての新規参入が起こっている。
その背景は、規制緩和以降、新規参入のチャーターバス会社の増加にともない、運行の相場が下がったこと。この結果、定期運行のバス会社の半額以下でも収支があうのだそうである。


じゃ、なんで規制緩和で相場がさがるの?という素朴なコトを考えてみた。供給側での規制緩和では新規参入の業者が増える。バス運行は、設備産業のようにみえて、実は労働集約産業だから、安く人をやとえばそれだけコストが下げられる。つまり、ここで起きているのは賃金のダンピングだ。(あるいは、供給者余剰の最小化)これが第一段階。

次の段階では、コストを割り込んだ業者が淘汰されていき、上流と下流でコスト競争力のある業者が、グループ化などの方法で巨大化していく。たぶん、今は上流側からのグループ化が進んでいる段階。ここで、上流側が下流と直結すれば中間コストの削減がはかれるから、さらにコスト競争力は増す。スーパーのプライベートブランドや、アパレルのSPAと同じだ。

番組の最後の部分に、このことを示唆する場面があった。ツアー業者が、直接傘下にあるバス会社に仕事を集約し、別のツアー会社経由の孫請けへの仕事を絞り込んだ、というのである。番組では、孫請けのバス会社の視点で描かれていたが、ビジネスとして考えると実際に切られたのは間にはいっていたツアー会社のはずだ。中間コストを削減する、というのは購買力があがった会社が普通に考えることだろう。



ところで、この番組の中で、高速ツアーバス会社の社長は、「規制緩和で運賃が下がることはいいことだ。工夫すれば公示運賃以下で利益をだすことは可能だ」といった趣旨のことを何度かいう。また、安全性を確保するために、乗客からのフィードバックをもとに運行業者を選択する、ということを提案する。それって微妙にずれている気がする。完全市場であれば、たしかに規制緩和は善だ。では、「バスの運行請負」というサービスの市場は完全市場なのだろうか?完全市場というのは、

  • すべて情報は完全に共有されている
  • 市場の需給不均衡は瞬時に解消される
  • 取引にかかる税金、手数料は存在しないよる

といったもの。


今のバスツアー会社と運行会社の市場としての関係は、資本力にまさる(かつ、設備や大量の従業員をかかえていないなくて需要変動に対する耐性のある)ツアー会社のほうがプライステイカーとして振る舞うことが可能になっているから、たぶん超過利益を得ている。で、その超過利益*1を原資として、こんどは一般利用者の市場に対して、価格競争をおこっている感じだろう。

その一方、ツアー会社と、一般利用者の間の市場では、情報の非対称の問題の「隠された行動」の問題がおこる。一般利用者がバスの安全性について完全な情報をもっているわけではない。一般利用者(プリンシパル)は、安全性という質に関する情報をもっていないので、価格という要素だけでエージェントを選択し、結果的に過剰に安全性に関するコストを削減した業者が優位に選択される。

これを防ぐためにあるのが公示運賃のはずなのだけど、実際には有名無実化しているらしい。うーん。
完全市場でない市場において、市場原理は完全には機能しない。だから、規制などの介入が必要になるのだけど、規制が有名無実では、矛盾がそのうち表面化するように思う。たとえば、事故が増加するとかね。



で、今後バス業界がどうなっていくのか、と考えてみた。番組中に、やはり今後を示唆する部分がある。それは、このツアー会社が直接バス運行会社を設立した際に、韓国からバスを輸入したら半額だった、という話。バス自体を安い国から買うのに、一番でかいはずの人件費部分を安くしない理由はない。おそらく、海外から外国人運転手を呼び込む、というのが次のステップになるのだろう。海外に子会社をつくって、そこで運転手を採用し、日本の2種免許をとらせた上で、業務委託すれば、最低賃金も無視できる。この予想、当たるかな?



http://www.nhk.or.jp/special/onair/070430.html
再放送は 2007/5/2(水)深夜【木曜午前】0時10分〜0時59分(総合) 


この番組、2ch実況板ではかるく祭りになっていたらしい。
スレッドを読んでみたらツアー会社が悪者扱いになっていたけど、むしろ、監督官庁近畿運輸局の方が問題だとおもう。

*1:もちろん、ツアー会社間でも激しい競争があるわけで、それによっても淘汰は起こるから、超過利益がそのままツアー会社に残るわけではない