日経新聞・社説 ・時間当たりの効率高め生活との調和を(8/20)

日経新聞の社説が、この2日間、長時間労働の問題に触れていて、2chあたりでも話題。

日経といえば、財界御用達の筆頭なわけで、その新聞が労働環境の悪化について、(週末とはいえ)社説でまで問題提起するとは・・というのが驚かれた理由。

19日の社説では、「雇用慣行を根本から見直せ」として、長時間労働の問題と、不正規雇用の問題点を指摘している。その解決案として、労働市場の流動化が提言されているのだけれど、これだけ読んでもなぜ、労働市場流動性を高めれば、長時間労働が解消するのか、まったくわからない。まして、普通に考えれば、労働市場の流動化は、実際的には正規雇用の不正規雇用化なので、常識的に考えれば、むしろ労働市場では雇用者側有利->労働条件悪化ととれる。よって、この日の文章だけよむと、前段と後段の論理的な繋がりが意味不明。


で、20日の社説「時間当たりの効率高め生活との調和を」を読むと、その中身が、個人の生産性と賃金をリンクすることで、労働者側からみた転職コストを引き下げ、その結果、ライフサイクルにあわせた労働を選択できるようになる、だから、長時間労働は解消できる、というのが論だというのがわかる。


ということで、これが、長時間労働を解消するために、規制をという論ではなく、日経らしくあくまで労働市場の自由化の路線かかわらず、労働者保護の視点にはない、ということだ。(日経の立ち位置からすれば、当たり前といえば当たり前だけど)。
だから、労働市場流動化の前提としての、同一労働同一賃金の原則は主張されないし、時間外労働賃金の引き上げにも消極的なコメントがなされている。


というわけで、この2日間の日経の主張していることは、おそらく以下。

厚生労働省が、ホワイトカラーの労働時間規制を適用除外するエグゼンプション制度の導入をはかった時、残業代を無しにする制度だと批判されて頓挫した。集団主義的な雇用慣行のままでは不安が生じるが、個人が自律的に働ける態勢が広がれば、働く人が自分の裁量で労働時間を管理できる制度として機能する。( 2007/08/20・社説 )

ホワイトカラー・エグゼンプションの推進と読める。

ホワイトカラー・エグゼンプションが広範な反発を引き起こせたのは、「残業時間ゼロ法案」というキャッチーなコピーをつけられたことが大きく、中身が議論されずに反対された、という批判は確かにあたっていると思う。ただ一方、日経のいうように、にホワイトカラー・エグゼンプションで、長時間労働が解消するというのは、アメリカの事例を見る限り怪しい。

まして、この文章中でおかれた

企業は、個人の成果を1時間当たりの生産性で測るようにすべきだ。総労働時間が短くても、1時間当たりの生産性が高い人をきちんと評価すれば、なるべく短時間に集中して働くように変わり効率も上がるだろう。( 2007/08/20・社説 )

という主張は、理解はできるが、実際問題ホワイトカラーの生産性を数字できれいに評価できるか、というと技術的にほぼ無理というのが常識だろう。



前提となる生産性評価に技術的困難があり、かつ先行事例であるアメリカで労働時間の長時間化がすすんでいることを考えると、この日経の主張はかなり疑問。


そう考えると、日経の真意は、財界の意向に沿って、ホワイトカラー・エグゼンプションを実施するために、いかに口当たりのよく見せかけることに注力している、と理解したほうが自然という気がする。
もちろん、日経がナイーブにホワイトカラー・エグゼンプション長時間労働を解消すると考えているという読み方もあるが、日経の論説子がそこまでバカともおもえないんだけど。






雇用慣行を根本から見直せ(8/19)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/20070818AS1K1700118082007.html
時間当たりの効率高め生活との調和を(8/20)
http://www.nikkei.co.jp/news/shasetsu/index20070819AS1K1700219082007.htm