ルポ 虐待: 大阪二児置き去り死事件
大阪で、二人の子供が放置されて衰弱死した事件のルポ。
文章は平易だが、内容は重い。
文章は、母親の子供時代を丹念にひろっていく。その結果としての「必然」として、あの事件があったと。
その結論が正しいかどうかはわからないが、一つの真実ではあるのだとうと思う。
この本の見立ては、これは母親としての能力に欠けるのに、「母親をおりる」ことができなかった一つの悲劇だったということだ。母親を降りる、というのはどういうことか?たとえば、子供を街角に放置してしてしまう、公園に捨てる、というのは、「母親を降りる」ということができる。そうすれば、極論行政がうごいて、多分子供は助かったはず。だけど、この花親が行ったのは、は子供をマンションの一室に閉じ込める、ということ。だから、行政の手は子供に届かず、子供は死ぬことになった。
本の後半に、こんな文章がでてくる。
一方で90年代以降、背の自由化が急激に進んだ社会的なサポートに乏しい若者達が、短期間の内に複数のパートナー性体験を持つ。重大の妊娠、中絶、結婚、利根だ軒並み増えた。1990年からの20年間で30代前半での未婚率は、男性で3割から5話衣へ、女性で1割から3割へと急激に増加した。(P254)
多分、ここでおこったのは、性のデフレ化と非正規化だとおもう。
それ以前でも、若年での妊娠結婚はあったがマイナーな存在だったと思う。だから、性がほしければ、面倒な周囲の承認をえて、集団に組み込まれていくしかなかった。それは束縛で面倒な関係性で、逆にそれが育児破綻の防波堤になっていた面があるようにおもう。
性の非正規化と、雇用の非正規化が平行して起こって(あるいは因果関係が存在するかもしれない)結果として、この事件がおこった。たぶん、それは、少し前にNHKが話題にした「無縁社会」とも結びついている。
この本の思いのは、そこまで分析できたとして、取り得る方策がなにも浮かばないこと。
「昔はよかった」「昔に戻るべきだ」とかいっても、そんなことは無理だし、何も解決しない。
行政は努力しているとおもう。周囲の人々に悪意はない。にもかわらず、多分これからも、同様の事件は起こるんだろう、という予感がこの本をさらに重くしている。
- 作者: 杉山春
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2013/09/04
- メディア: 単行本
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