日経 / 経済教室 人口減と生きる(2006/05/19)

今回の著者は、藻谷浩介日本政策投資銀行参事。内容的には、中央公論の6月号の特集記事、「生き残る町、消える町」のダイジェスト。*1


文章はいずれも、いつくかの文章をしめし、それが事実かどうかと問う形で始まる。呈示された課題は以下。

日経経済教室

1. 出生率の低下を止められれば、少子化は食い止められる
2. 少子化の進行がとまれば、人口減少は止まり、高齢化の進展が防げる
3. 高齢化の進行度合いに関わらず雇用情勢が改善し失業率が下がれば就業者数は増える
4. 首都圏では、地方圏より高齢化問題は深刻ではないし、オフィス・住宅需要は減らない

中央公論

1. 活性化している地域に共通する要素は、
(A) 先端工場の立地、
(B) 他地域との間の高速交通網の充実
(C) ある程度の都市人口規模 だ
2. 首都圏と名古屋圏では産業活性化し雇用も増加を続けているが、そのほかの大都市圏、地方都市圏は総じて勢いがなく、ましてや山間過疎地、離島は軒並み衰退の一途である
3. 今後の高齢化の進展で、若者の流入する大都市圏はまださかえるものの、地方圏の状況はより深刻化する。

このすべての命題が、誤りであるとデータを元に説明される。
その手法は、2つの数字の間の相関係数をもとめて検証するという手法である。「常識」を数字をもとに否定していく手法は鮮やか。これはすごい!と思った・・のだけど、よくよく考えたら微妙に疑問。

というのは、2つの数字の相関係数が有意な相関を示さないからといって、2つの要素の間に関係性がないとはいい切れないからだ。たとえば、Aの数字は、時間差をもってBに影響を与えている場合、ここで用いられている手法では関係性を明らかにすることはできない。あるいは、AとBがお互いに打ち消しあう関係にあったときに、Cにでてくる影響も検証できない。つまり、「2つの数字の間の相関係数は有意ではない」ことから「相関係数は有意ではない」以上のことは言えないということである。


で、この検証でいくつかの「常識」を否定した後に、著者が呈示する要素が、世代ごとの人口の差の影響である。

今後5年間に、47−49年生まれの団塊世代が60歳を超えればm、首都圏の就業者数はいっそう減少する。昨年から今年60歳を超えた45−49年生まれが少ないため、足下では一時的に就業者数減少が止まっているとみられるが、来年の夏以降、一気に人手不足が深刻になる。いわゆる、2007年問題である。(中略)しかし、就業者や20−59歳人口の総数減少は不可避であり、首都県全体のオフィス・住宅需要にはマイナスの影響が出る。さらに可処分所得の総額も減少するので、すでに9年連続で減少している小売り販売額も、今年は一時的に増加したとしても、来年以降は下げ止まらず、首都圏市場を主戦場にする消費関連企業は、大きな影響を受けよう。(日経)

ここには、いくつかの仮定がおかれているのだが、それ自体は検証されていない。たとえば以下のような仮定である。

  • 退職者の後を埋める形での他の地域からの就業者の流入はない
  • 退職者の消費性向は現役時代より低くなる

前者は、労働市場において「セーの法則」が成立していることを示唆している。が、それは本当だろうか?また、後者については、肯定否定いずれの説も、「ではないか」のレベルにとどまっている。この仮定が正しくないとすれば、著者の仮説は成立しない。中央公論の記事でも、仮説が検証なしに用いられている部分がいくつもある。これは、この論の最大の弱点だ。

中央公論の記事では、、このあと、類型化と政策提案が続くが、後半の切味は悪い。人口が社会増になっている地域について、以下のようにくくり出している。

逆に勝組地域に共通する特色は、第一に地域の風土の根ざした住まい方や食など独自の生活文化があり、第二にそれを個人の観光客がわかりやすく体験できる工夫があること、第三にその結果として、ゆっくり滞在し時間を消費する利ピーターが増えてきていることである。(中央公論 P80)

そして、そういった地域振興の方策として以下の3案を示す。

以上のような事実認識に立ったこれからの地位生き活性化戦略を三点に総括して示し、小論を終えよう。地方にも都会にも共通する生き残り戦略だ。

  1. 生産現場だけでなく、高次の消費現場(たとえば高感度な需要に対応した集客交流の場)の獲得。
  2. 各世代の貯蓄による各世代の高齢者福祉の完結
  3. 地位内証に連動する新たな租税(売り上げ税、ホテル税など)の、地方税としての創税。

too general だと思う。高次の消費現場を作り出すのはいいが、どうやればそれが可能か? 「それは各地域で考えてください」だったら、精神論から一歩もでないと思うのだけど。


とはいえ、常識とされる数字を、元にあたって検証してみることが重要であることは、その通り。「実際の現場にある向きからは、個別にさまざまに具体的な反論があろう」とあるとおり、政策提言についての穴はおそらく著者もわかっているのだと思う。その点に関して、この論は興味深い。

*1:ちなみに、経済教室はざっと原稿用紙10枚程度の分量なのに対し、中央公論の記事は、その3倍くらいの分量がある。