第三の道

トニー・ブレア労働党の思想的背景となっている本、という触れ込み。
内容は、冷戦終結後、退潮な社会民主主義政党の存在価値はどこにあるのかを提起したものだが、平易な読み安い本である。


まず、この本では旧来の福祉国家をこう規定する

福祉国家の目的は二つある。一つはより平等な社会をつくること。もう一つは、個個人の一生涯にわたる生活を保障することである。(P30)

しかし、福祉国家を目指した、社会民主主義は破綻しつつある。その原因は、市場の軽視にある。

社会主義の経済理論は、資本主義の技術革新と適応能力を、そして生産性を向上させる能力を過小評価する、という誤りを犯し続けてきた。社会主義者ははまた、買い手と売り手に不可欠な情報を提供する、情報伝達装置としての市場の役割を理解することができなかった。(P22)

したがって、市場の存在を重視しつつ、生活におけるリスクを共同で負担する世界をつくる、というのが、粗くまとめた、「第三の道」の定義ではないかと思う。

その際のキーワードは、「社会投資国家」であり、「ポジティブ・ウェルフェア」。政策の重点を、生活維持から人的資本の投資にうつすことで、結果的に福祉の必要な生活から脱出させるというものである。

今日、唯一の妥当な平等モデルは、新自由主義モデル(機会平等、すなわち能力主義)であることを主張する向きが多い。この立論がなぜ納得できないのかを、明らかにしておかなければならない。
第一に、徹底した能力主義社会 ( meritocratic society ) は、(それが実現されるとしてならば野は無しだが)深刻な結果不平等をもたらし、社会的結束をゆるがすことになる。たとえば、労働市場で良くある一人勝ち(ウイナー・テーク・オール)現象を考えてみよう。
(中略)
ほんのわずかな利幅の差が、製品の成否の分かれ目となるような場合、とんでもなく危険な賭けに、企業は挑まざるを得なくなる。同様に、ほんのわずかな能力差が途方もない収入の格差を生む。こうして、「無名の有名人」 ( unknown celebrities )という新しい人種が登場することになる。
何の区もなく煩雑に転職できるなら話は別だが、通常、能力主義社会は、強力な下方流動性にさらされている。

ある人が浮上するには、他の多くの競争相手を蹴落とさねばならないからである。しかし、多くの調査が示すとおり、広範な下方流動性は社会的混乱を招来し、蹴落とされた人々の疎外感を醸成する。
大規模な下方流動性は、排除された不満分子の存在と相俟って、社会的な結束を揺るがす。事実、完全な能力主義社会は、極度に排除された階級を作り出す。(P172)


この考えの先に、新自由主義、あるいは市場市場主義では、「機会の平等」は確保されないという認識がある。

すでに理由を述べたとおり、能力主義社会は深刻なけんか不平等をもたらす。そのような社会において特権を手に入れた人は、必ずや自分の得た特権を子ともに贈与しようとする。こうして能力主義そのものが途絶えてしまう。(P173)

そういった事態を防ぐためには、市場ではなく社会に「社会投資国家」というガバナンスの存在が必要とされ、「ポジティブ・ウェルフェア」な政策が必要だと説く。

指針とすべきなのは、生活費を直接支給するのではなく、、できるかぎり、人的資本 ( human capital ) に投資すること出る。私たちは、福祉国家のかわりに、ポジティブ・ウェルフェア社会という文脈の中で機能する社会投資国家 ( social investiment state )を構想しなければならない。(P196)

社会民主主義は、政府による管理にかわって市場を重視するという転換を受け入れる。しかし、平等への志向自体は手放さない。というのがこの考えの一番のベースのように思える。そして、政府の意議は、個人で引き受けきれないリスクの管理であろう。その考え方の先にEUに対する以下のような考えが成立する。

コスモポリタン民主主義を広めることは成果経済を効果的に規制し、グローバルな経済的不平等を是正し、環境リスクを制御するためには、欠かせぬ要件の一つなのである。一国レベルの市場原理主義に意議を唱えつつ、グローバルなレベルでは市場原理主義が横行闊歩するに任せよと言うのは、どう考えてもおかしな話である。(P243)

で、この「第三の道」の将来性なのだけど、訳者の佐和隆光は、後書きで政治評論家のウィリアム・ファフの言葉を紹介している。

第三の道」の前途は、必ずしも洋々ととしていないと政治評論家ウィリアム・ファフは言う(「ジャパン・タイムズ 1999年9月11日)。ファフによると、「第三の道」を歩み始めたイギリスとドイツの経済が低迷しているのに対し、連帯、社会的公正、秒度を重んじるオールド・レフトのジョスパン政権が運営するフランス経済は上がる調子である。
また、1999年夏から秋にかけて、ドイツの地方選挙で、社会民主党の参拝が相次いだ。理由の一つは、「第三の道」を選択した結果、失った労働者の支持を、ビジネス界の支持で補うことができなかったことである。少なくとも、ドイツに関する限り、当面、「第三の道」の政治が左で失った支持は右で得た支持を上回る。(P273)


第三の道―効率と公正の新たな同盟

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