この金融政策が日本を救う

高橋洋一が3月に窃盗容疑という報道があって、謀略という話もでてきている。
実際に謀略だったのかどうだったのか、タイミングを計ってこの話がでてきたのか、ということはわからないのだけれど、この高橋洋一という人がどういう主張の人だったのか、については確認しておこうと最近の本を確認
「この金融政策が日本を救う」2008年の12月に発売された本。

この本の趣旨を一言でまとめると、今の日本の不況は金融政策の不作為によるものだ、という指摘。
まず、現状分析から

しかし、日本経済の先行き不安の原因は、サブプライム問題ではありません。こういうと、多くの人が、「えっ」と驚くかもしれませんが、それを解き明かすデータがあります。それは、景気転換点の指標となるとされている、内閣府景気動向指数です。
 景気動向指数とは、景気が拡大局面にあるのか、後退局面になるのかを機械的に判断できるように作られたもので、これをみると、二〇〇七年中頃には転換点があるのは明らかです。
 つまり、日本経済は〇七年から景気が悪化しており、現在もそれが続いている訳です。(P8)

ということで、現在の日本の不況は、サブプライム問題によるものではなく、日本独自の問題であると分析している。このあたりは、なぜ、日本の景気後退がサブプライムの発端となったアメリカよりひどいのか、という疑問に対する一つの回答。

では、日本独自の事情とはなにだったかということを、一九二〇年代の大恐慌との比較で分析している。

この国際比較アプローチは、大恐慌期の金融政策が金本位制という外征的要因によって規定され、その金本位制に対する各国のスタンスによって、各国の実体経済のパフォーマンスが影響されていたことを証明しました。この意味で、金融政策が大恐慌の原因だったのです。
 この研究を突破口として明らかになったことは数多くあります。
 たとえば、なぜ各国ともに金本位制固執したのでしょうか。その答えは意外に単純で、各国の政策担当者が「金本位制=経済の繁栄」という幻想を持っていたからです。この幻想は、第一次大戦前には金本位制によって世界経済が繁栄したことから生まれました。
 しかし、第一次大戦後は、経済発展に伴う金を不足したこと、第一次大戦を経て、覇権がイギリスからアメリカへ移行しましたが、黒字国であるアメリカに覇権国の自覚がなく、緊縮的な金融政策をとったために、国際的な貨幣供給の現象が生じたこと―などが、世界的な大凶につながっていったのです。
 先ほどふれた、CEA委員長のローマーは、一九三〇年代のアメリカの大恐慌について、財政政策ではなく金融政策の効果によってだ逸出できたという有名な論文を書いています。(P56)

金融政策の限界については、名目金利に0%という下限があるのだからデフレ環境下では、実質金利はあるレベル以下にはできない、といういわゆる流動性の罠の指摘があるわけだけど、それに対しては以下のように反論している。

 

それを簡単に言うと、名目金利がゼロでも、金融政策でインフレにすれば、実質金利がマイナスになって、不況から脱出できるというものです。つまり、流動性の罠に陥り、もう目重く金利が引き下げられなくても、マネーの量的拡大をすれば、「いつかはインフレになる」と民間が予想します。それを利用することで、需要を創出することができるわけです。
 クルーグマン教授自身も、一九八九年に「"It's Baaack Japan's Slump and the Return of the Liquidity"(復活だぁ!日本の経済停滞と流動性の罠)」ちいう茶目っ気のある題名の論文を書いており、かなり話題になっていました。その結論も金融政策によって日本は流動性の罠から脱出できるというものでした。(P70-71)

ところが、実際には中央銀行たる日銀は、金利引き下げ、量的緩和ではなく、為替相場への介入という政策をおこなっているわけです。これについて、国際金融政策のトリレンマの説明から為替政策は効果もなく必要ないと指摘しています。
す。

 先進国に限らず多くの国が変動相場制を採用しているのは、何も好きこのんでそうしているわけではなく、金融政策の自由道を確保するためです。
 本当はどの国も、「固定相場制」「独立した経済政策」「自由な資本移動」の三つを同時に達成したいのですが、それは難しい。
 たとえば、「固定相場制」と「独立した金融政策」をやろうとしたらどうなるか?そうすると、金利の操作ができなくなり、「独立した金融政策」が不可能になります。つまり、どこかの国に追従して金融政策をやるということになり、もし日本国内の景気が悪くなっても金融政策で金利を下げることができなってしまいます。
 これが、「国際金融のトリレンマ」です。
 こういう状況で多くの国が選んでいるのが、「独立した金融政策」と「自由な資本移動」です。つまり、金融政策は国内の景気に応じて自由にやりたいし、資本移動を制限して外国資本の参入を阻止してはいけない、ということです。
 要は、「独立した金融政策」と「自由な資本移動」の二つを選んだがために「固定相場制」ができないから、変動相場制を採用せざるを得ないわけです。
 ですから、最初の話に戻りますと、変動相場制を変な為替介入で押さえると、金融政策がうまくできなくなるか、資本移動を帰省するしかなくなります。日本の場合、固定相場制をあまり施行すると、資本移動を制限するのはなかなか難しいから、金融政策の独立性をあきらめる形になります。(P168-169)

日銀が為替介入を放棄して、一方で市場への資金供給を増加させれば、デフレが脱却でき、そうなれば経済が回復のサイクルにのる、というのがこの本の提案の趣旨だと思う。

 こういう危機に対応するには、実は三つの手段しかありません。その三つは、大きく、金融機関対策と実体経済対策の二つに分けることができます。
 で、金融機関対策のうちの一つ目は、リクイディティ(流動性)の供給を中央銀行が行う。金融機関対策の二つ目は、ソルベンシー(支払い能力)についてのもので、資本が不足する状況に対して、財務省が公的資本注入を行います。
 そして、三番目が実体経済対策の話で、これは一番目の流動性供給に似ているかもしれないけど金融緩和です。
 一番目と三番目をみんなよく混同するのですが、実は一番目の流動性供給というのは、資本供給が終わったあとで資金を引き揚げます。三番目は資金を引き揚げません。出した資金はそのままです。新聞は資金供給の話しか載せず、資金引き上げは報道されないので、一番目と三番目の金融緩和の話が行動されています。(略)

 では、日本は先ほどの三つの政策をちゃんとやっているのでしょうか?
 今回も、流動性供給はやっていますし、資本注入については、すでに金融危機を経験済みの日本には基本的な枠組みがあります。その適用期間を延長するなどのマイナー修正を施せばすぐにできます。つまり、一番目と二番目はできているわけです。しかし、三番目はできていません。
 アメリカはこれからけいきがわるくなっていきますが、日本は二〇〇六年頃からわるくなっています。つまり、これから先、さらに悪くなるわけで、アメリカよりダメージが大きくなるかもしれません。いまから金融緩和すれば、一〜二年後にはアメリカと同じくらいあがると思いますが・・・・・・。(P194-196)


日銀の量的緩和が不十分だという批判は、「円の足枷」で述べられていたものと基本的に一緒。


 福井総裁の時代、ハイパワードマネーが年率四%ずつ減少しました。白川総裁になってからも、ハイパワードマネーは落っこちたままであがってきません。
 そして、一〇月常住の世界同時利下げも日銀は拒否しました。今の為替相場は、日本の名目金利の水準ではなく、日米の金利差がどうなるかで円ドルレートが決まっています。アメリカが利下げして日本が据え置きなら、日本の金利が割高になり円高になります。実際一〇-月常住から円ドル相場は円高基調で、これが日本の優良株である輸出株の下落を招いています。(P196)

というわけで、この本は日銀批判の本になっている。
今回の事件が、果たして謀略だったかどうかはわからないし、むしろ犯罪だったのに報道が抑えられているというして指摘もあるわけで、真相は不明。


この金融政策が日本経済を救う (光文社新書)

この金融政策が日本経済を救う (光文社新書)