さよなら、サイレント・ネイビー―地下鉄に乗った同級生

新聞に書評がでていたので買ってみる。中身はオウムの話。


サブタイトルでネタばれなように、この本の著者はオウム実行犯の一人の同級生だった。この本は、著者自身の「あの彼がなぜ」という疑問を、複雑系の「創発」という概念と、生理学的な説明という2つの手法をくみあわせながら、解き明かしていく。

そういう点で構成は、ノンフィクションというより、むしろミステリー仕立てだ。


この本の中で重要なキーワードである創発は、以下のように説明されている。

複雑系のアイデアの中で、最初に私を大きく引きつけたのは「創発」という概念だった。英語ではエマージェンスと呼ばれている。同じ単語の別の訳語として「非常事態」がどがあるように、これは「臨界的な現象」を感ゲル債に役立つ。部分部分をみている限りはたいした変化がないように見えるのに、いきなり全体に劇的な変化が現れる。水が小売りになる、鉄が磁石になる、といった現象から、雲が雨になって降り注ぐ、熱帯低気圧が台風になる、あるいは、有りが巣を作る、珊瑚虫に植物プランクトンが共生する、さらに株価がある日突然暴落巣r、といった事柄まで、要素に還元できない全体の変化が現れることが「創発」という考え方でまとめられた。(P77)

そして、生理学的な説明は以下のところ。ここでは、ベトナム帰還兵について、説明されているが、当然これはオウムでポアした富田らについて同じ現象がおきていた、という説明だ。

ここで、すべての帰還兵が、口裏を合わせたわけでもないのに、まるで、判で押したように、同じ「パターン」で話をしているのは、それが人間の生理に起因するからに他ならない。帰還兵たちの脳は、間違いなく戦闘時には恐怖によって虚血窒息していたはずだ。行動の前にいちいち考えていたのでは、殺されてしまうのが洗浄だ。判断停止のママ、演習でトレーニングされたように身体が動き、作戦行動が実行される。それが戦闘訓練というものだ。当然その間の記憶も抜けてしまう。それを後で問うても、らちがあかない。(P260)

この本の最終的なメッセージは、「創発」(が引き起こす暴走)がおこるメカニズムを知ることが重要で、そのためには実行犯を死刑にしてはならない、ということだと思う。

ただ、著者自身が、豊田がオウムに入った直接的な原因と考えているのはここの部分ではないかと思う。

大きな夢と希望、それに野心も持って、東大で一番点の高い物理に進んだ。その中で一番点の高い<素研>素粒子理論研究室まで来た。それなのに、やらせてもらえたのは先行業績のレビューだけ。(中略)これから3年間、また同じように、実は大して本質を問わなくても、海外の研究動向とかに適当にめくばりしながら、あっちこっち突いていても、時間は経過してしまう。そんな程度でオレは終わってしまうのか、それならむしろ出家して、という側面があったんじゃないかと、オレは思っている。(P217-219)

ミステリー仕立ての構成も、相棒とよぶ若い女性を登場させて進行させる手法も、ノンフィクションとしては邪道だし、かつ成功していないようにも思える。ただ、そのことが逆に、著者が是非にもこの本を書こうと思った感情の強さを浮き上がらせているようにもみえる。



ところで、この本の最初のほうに、興味深い記述がある。以下の部分。

軍事手法としてのマインドコントロールは、「特攻」以後も進化し続けた。中東の「テロリスト」に、近代兵器を利用した自爆特攻の戦法と、とりわけその「人間操縦」マインドコントロール手法を伝えたのは、アラブゲリラに合流した日本赤軍だったという説がある。それが、イスラム過激派に従来からあった、大麻でハイになって決死隊として切り込む、後に十字軍によってアサッシン(暗殺者)と呼ばれた伝統的な暗殺手法と親和性が高かったのではないかと、イラン出身のとある国連職員が語っていた。実際に、パレスチナ解放機構と合流した重信房子は、戦前の戦闘右翼「血盟団」、メンバーを父に持ち、乳児期の房子が、血盟団の中心人物で、「一人一殺」で知られる井上日召の膝にだかれた伝説的なエピソードもよく知られている。9・11の直接の減点を旧日本軍の特別奇襲攻撃と推論できる根拠がここにもある。(P51)

はたして、事実はどうなんだろう。

さよなら、サイレント・ネイビー ――地下鉄に乗った同級生

さよなら、サイレント・ネイビー ――地下鉄に乗った同級生