現代中国の産業

現代中国の産業。このあたりで推薦されていたので読んでみる。

とりあえず、最初の感想は「力作」。

この本のなかでのキーワードは垂直分裂。

今、日本では垂直統合ということが盛んにいわれていて、それを進めないとという雰囲気になっているが、著者は中国ではそのまったく反対に中間材生産を外部化する「垂直分裂」によって、産業が進展していることを指摘している。その構造は以下のように説明される。

最終製品のメーカーが中間材生産を垂直統合したほうがよいか、それとも外部の専門メーカーから購入した方が良いかと考えると、一般的には後者の方が経済的である。なぜなら、中間材生産には規模の経済性があることが多く、専門メーカーであれば、何社もの最終製品メーカーから受注することで大規模に生産できるかである。最終製品メーカーが自社専用の中間材工場を持つと、中間材の生産規模は最終製品の生産規模に制約されてしまう。もちろん、中間材を他社にも売ればこの制約は乗り越えられるが、最終製品におけるライバルを中間材で支えるという関係はあまり大きく発展できない。(P50)

ここでのべられているのは、コストの視点だけで見れば、中間材生産は外部化したほうが有利であるという説明。

ただ、メリットが中間材メーカー間の競合による、調達コストの低廉化にある以上「垂直分裂」がいつも成功するわけではない。垂直分裂の成立する条件として、以下のようなことがのべられている。

VTRの事例をテレビやエアコンと比べると中国で垂直分裂の構造が成立するには、単にその行程が技術的にあるいは管理面で分離可能であると言うだけでは不十分だということがわかる。中国メーカーは複数のメーカーから期間部品を競争的に調達するという購買戦略によって、最終製品の価格競争力を作り出している。VTRのように期間部品を一社に依存する状況では、中国メーカーのそうした購買戦略を発動できないのだ。(P66)


しかし、この新書1冊のなかに、さらっと取り上げられている分析の背景にある膨大な基礎調査がどれほどのものであったかと思うと、圧倒される。たとえば、以下のような部分。

中国で兼容機*1を販売しているのはいったいどのような企業かを調べるために、2004年4月〜5月に北京市、抗州市、蘭洲市などでパソコン・パソコン部品販売店を対象とするアンケートを行った。アンケートの配布と改修は中国の研究機関に依頼して230社分を回収したが、そのうちパソコン(デスクトップ、ノート)、パソコン部品(マザーボード、ハードディスク、CPU等)、周辺機器(プリンタ、スキャナー、デジカメ)を販売している219社に限定して分析した結果を紹介する(P168)

中国系自動車メーカー36社が生産する乗用車(セダン、SUVMPV、小型ワンボックス車を含む)150車種の価格が、それぞれに搭載されているエンジンとトランスミッションによってどの程度規定されるかを調べてみた。(P227)

この垂直分裂の状況は、社会主義時代の産業政策に起源があるという指摘は、興味深い。

中国経済の専門家である田島俊雄の研究によれば、北京紙の自動車メーカーは他の自動車メーカーに対して無償で図面の提供や技術者の派遣まで行って、同じ製品をつくれるように支援した。当時計画経済のもとにあった中国では、「知的財産権」で儲ようなどという発想はなく、技術は国有企業同士で共有すべきものだと考えられていたのである。こうして全国各地で「北京130」とまったく同型だが、ブランドは異なるトラックが生産されることになった。 (中略) この構造こそが、今日まで続く中国自動車産業における垂直分裂構造の源流である。そこでは、自動車は第一機会鉱業部、エンジンは農業機械部という役所の分業関係が営業して、エンジンと自動車を別々のメーカーが担っている。自動車メーカーはどれも規模が小さいし、エンジンも購入できるので、自動車生産への参入は用意である。けた外れに多数の自動車メーカーが乱立する基礎は、1970年代にできていたのだ、
さらに、技術は秘匿せず積極的に教え合うべきものという計画経済の理念、そして設計を統一しておいた方が修理にも便利という現実的な理由から、自動車とエンジンのコピー生産が積極的に行われた。(P190-P191)

ただ、この分析には、若干疑問がある。政策的にコピー生産を行うというのは産業政策を国が決定する計画経済固有のものかもしれないが、修理にも便利だからと互換部品がでてくるというのは、少なくとも1970年代においては、資本主義の国においても当たり前だったと思う。真空管トランジスタの時代には、互換製品がどれかをしめした資料が日本でも出版されていたし、マイコンの時代にはいっても生産の安定性の確保の考え方から、セカンドソースと呼ばれた互換チップが販売されていた。

と考えると、中国の垂直分裂は、今後知的所有権意識の高まりとともに変質を余儀なくされるのではないか、と思う。



*1:いわゆるホワイトボックスPCのこと